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第9話 行き先のない令嬢①

Penulis: なつめ
last update Tanggal publikasi: 2026-07-10 10:44:22

 翌朝、雨は止んでいた。

 けれど空はまだ低く、雲の切れ間もない。庭の石畳には昨夜の雨が残り、薄い灰色の空を鈍く映していた。濡れた土の匂いが窓の隙間から微かに入り込み、部屋の中のラベンダーの残り香と混ざっている。春の雨上がりにしては冷たすぎる空気だったが、それでも昨日まで続いていた細い雨音が消えただけで、世界がほんの少し静かになった気がした。

 リリアーナは夜明け前に一度目を覚まし、そのまま寝返りも打たずにしばらく天蓋を見上げていた。昨夜の会話が、まだ胸の奥に残っていたからだ。

 すまなかった。

 十年待った言葉。

 けれど、聞いた瞬間に分かった。

 遅すぎる謝罪は、人を救わない。

 欲しかったのは謝罪ではなく、あの時の言葉だった。夜会のあと、熱を出した朝、食欲をなくした食卓で。今の自分がどれほど明瞭にそれを言葉にできても、過去の自分が受け取れなかったことは変わらない。

 なのに、胸の内は妙に静かだった。

 楽になったわけではない。むしろ疲れている。古い傷を指で押し広げて、その痛みの深さを改めて見たあとのようなだるさが、肩から背中にかけて重たく残っていた。だが同時に、曖昧だったも
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     ゆっくりと、噛みしめるように言う。  まるで、自分でも今ようやく本当の意味で理解したことを、言葉に乗せているみたいに。 リリアーナはその言葉を、しばらく胸の中で反芻した。 正しい判断。  正しい愛し方。 前世の彼は、たぶん前者しか見ていなかったのだろう。  家を守る。  敵を増やさない。  感情を見せない。  妻を表向きの弱点にしない。  その全部は、侯爵としては理にかなっていたのかもしれない。 でも、妻である自分は人間だった。  体面では生きられない。  必要な敬意だけで満たされるわけでもない。  熱を出した朝に欲しいのは薬だけではなく、そこにいてくれる気配だった。  夜会のあとに欲しいのは、完璧な護衛ではなく、「大丈夫か」の一言だった。 その違いを、ようやく彼は理解したのだ。 遅すぎる。  どうしようもなく。  でも、理解したこと自体は嘘ではないと分かる。「今さらね」 ぽつりと呟く。  その一言の中に、責める気持ちも、諦めも、そして少しだけ切なさも混じる。「ああ」 「今さら、そんなこと言われても」 「分かっている」 「私は前の私を、もう取り戻せない」 「……」 「あの頃の私は、あなたが庇ってくれているなんて知らなかった」 「……」 「敵がいることも、家の中が腐っていることも」 「……」 「ただ、愛されていないと思っていた」 「……」 「それが、私の現実だったの」 セドリックの喉が小さく動く。  それが苦しいのだろう。  でも、苦しいだけでは足りない。  ちゃんと見てほしい。  自分がどんな現実を生きていたかを。「私は、あなたの“正しい判断”の外側で、ずっと一人だった」 「……ああ」 「それを、あなたは守るためだと思っていた」 「……」 「ならやっぱり、ひどい人よ」 そう言うと、今度はセドリックがほんのわずかに口元を歪めた。笑ったわけではない。苦く、自嘲するような、ほとんど笑いにすらならない動きだった。「否定できない」 「否定してほしいわけじゃないわ」 「……」 「ただ、分かってほしいだけ」 「何を」 「理屈が正しくても」 「……」 「私は救われなかったってことを」 その一言に、彼は深く頷いた。 前世なら、その頷きも見えなかっただろう。  見ていても

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